最終章「晩年にこそ感謝を」

 

山地 善紀

 

 卒業して52年、今も朝から夕方まで、約180人の外来患者の診療に追われています。今年で78歳、年々同級生が一人ひとりと少なくなっていく中、これまで多くの友人や先輩、後輩の先生方に助けていただき、こうして生きて来られたことに感謝する毎日です。そして終末へと向かう残りの人生で、この世に何か役に立てることはないかと試行錯誤しています。

 その一歩が、昨年末、町に寄贈した「たどつmobi」。免許返納後、交通手段に困っている高齢者のために、町内巡回用のマイクロバス「たどつmobi」の2台目を提供したのですが、多くの患者さんから好反響があり私のほうがびっくりしています。また、古くなった金刀比羅宮の修復に、多額の寄付をさせてもらう機会もありました。香川の地に生まれ、今もなお元気に暮らせていることに、感謝の意を込めて…。

 一方で、約9年間に描いた350点の絵画を見たいという患者さんのリクエストに応え、昨年はクリニック横の研修施設(ZENKIアカデミア)で、「港の小さな美術展」を3回開催しました。希望する患者さんにはそれらを譲渡し、これまで多くの油絵がお嫁に行きました。中にはドイツに旅立ったものも…。

 ある日一本の電話が入り、「Drsファイル」の取材を受けるや、それがあっという間に「頼れるドクター香川版」なる雑誌に掲載されました。これまでの善紀クリックの歴史や膝の研究のみならず、私の波乱万丈な人生も交えた4ページ。さすがプロの筆力だと感服しました。

 思えば中学生時代、父親とブドウ畑を開墾する合間に穏やかな瀬戸内の海をいっしょに眺めながら、「人間は周りの人々によって生かされている、ゆえに人生でどんなことがあろうとも、感謝の心を忘れてはいけない。」と教えられました。その時の父親の声は今でも鮮明に覚えています。それ以来「感謝」は私の座右の銘となり、今に至っています。

これまで膝関節外科を教え、海外留学に際して援助してきた多くの若き整形外科医が、未来に向かってチャレンジし飛躍せんことを願いつつ、4000坪の畑を耕しながら、残り少ない晴耕雨読の人生を歩み続ける所存です。

202648日記

 

これは「第2回 港の小さな美術展」のポストカードです

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