『我が人生苦楽部』 善紀クリニック 山地善紀
@ はじめに
経済や政治のみならず家庭や医療においても今の日本はおかしい!と憂うのは私一人ではないはずである。グローバル資本主義の経済は、世界金融の不安定化、格差社会の拡大、環境破壊など多くの負の財産を生み、政権交代した民主党政治もマニフェストを遵守することなく、近隣諸外国の思惑に翻弄され、国内では借金と税金のばら撒きに奔走している。職場でも交流や家族の絆などから疎外された人間は不安定になり、多くの者が孤立し精神的な心の病に陥っている。
一方、医療では病状に関係なくベッドで休むだけで定額の医療費が支払われる診療報酬定額制(DPC)が横行している。「何もしないほうが儲かる」異常なシステムの中、満床にしてなるべく安い薬を使用し、高額な手術を多く手がける病院が、最も信頼される病院にランクインされる。何と貧しい悲しい社会であろうか。
今回の執筆を機会に、医療人としてどうあるべきか、私の出会いのアルバムを紐解きながら、我が人生苦楽部を綴ってみた。
A 病気
20歳のとき第2次安保闘争の最中、講義を受けることなく街頭デモ、ラグビー練習、徹夜マージャンに毎日明け暮れた末、狭心症を患って大学病院に3週間入院した。当時最新のカテーテル検査を受けて先輩医師から重労働の禁止を忠告されたにもかかわらず、ラグビー部に復帰し、暇を見つけては寝袋ひとつで50ccのモンキーバイクにまたがり、一人で四国八十八箇所巡り、山陰、南紀、北九州一周旅行を敢行した。この無謀さと挑戦の魂は今も現役である。60歳で高速道路を爆走したり、覆面パトカーとの出会いや追っかけは日常茶飯事で、スピード狂の病気は今後も治りそうにない。その他、多くの骨折、突発性難聴、五十肩、ラクナ梗塞、急性膵炎、緑内障などの病気に出会った。
B ラグビー
2001年「さぬきラグビー倶楽部」を設立し多くの子供たちとラグビーを楽しんでいる。2010年2月に全国的大会のヒーローズカップで、5,6年生13名のちびっこラガーは、なんと近畿の6年生強豪2チームを撃破し決勝大会に進出、見事8位入賞を果たした。ラグビージャージに身を包み、一人ひとりが満身創痍、勝利のため勇猛果敢に前進する姿は言葉にならない深い感動を与えてくれる。「One for all, all for one」の精神をもって活躍するラガーを育成するため、この3月「さぬきラグビーゆめ基金」を創設した。同じ「ゆめ」を目指す保護者や指導者の仲間とともに実践できることを幸せに思う。
C 農業
マネーゲームに明け暮れる金融資本主義を脱して、地産地消の生活に幸せがあるかもしれないと営農に転ずる団塊世代同様、私も現在4000坪の農地に様々な果樹や草花を育成し、結実するまでに費やす多大なる労力と時間の必要性を肌で感じつつ、自称半医半農?の生活をしている。元全学連藤本敏夫の提唱する里山往還型半農生活、すなわち自然をなるべく壊さず環境に負担をかけない循環型農業の文化的生活を創造することも必要ではないかと思うこの頃である。将来この広大なる土地は、学生時代5年間修練した茶道を顧みて、茶畑を耕作しようと考えている。
D 先輩
膝関節外科医としての出発は、入局1年目の秋、4年先輩の故栗若良臣先生からの「膝を一緒にやらないか」の一言である。その後15年間、膝回旋運動の解析に始まり、造影検査や関節鏡の普及、膝人工関節の開発、「関節造影と関節鏡」の執筆、全国各地の医療機関への出張、海外での学術講演など、島川建明先生と共に栗若先生から心温まる指導を受けた。一方、米沢元実先生には脊髄血管外科、湊省先生には手の外科、故高田広一郎先生や故森舜次先生には外傷手術の基本を学んだ。また離婚時「汝の信ずる人生を全うせよ」と訓示してくれた故山田憲吾教授、開業時「地の塩になれ」と激励してくれた井形高明教授、海外の学術口演で直接ご指導いただいた山本博司教授、そのほか佐藤義重先生、平野直彦先生、小川維二先生には膝関節手術への理解と多大なる支援をいただいた。さらにアジア諸国での招待講演や公開手術、スポーツドクターとしての海外帯同など多くの機会を与えてくださった浜脇純一先生にも深く感謝している。この誌面をお借りしてお礼申し上げたいと思います。
E 膝手術への挑戦
2回目のクリニック開業から早20年、現在2台のMRIを駆使し約20人の従業員と共に膝のスポーツ傷害を中心に1日250人の患者を診察している。2008年10月からは藤内武春先生のご好意で、毎週水曜日善通寺病院の井上、佐々、和田先生達と共に関節手術に挑戦している。
最近の膝の手術では、10代の若者に多く見られる離断性骨軟骨炎や骨壊死に対して骨移植術を積極的に実施し、地元の鉄工所で作製した採取用プレートを利用して脛骨から2.5〜3.0mm径の棒状移植骨を4,5個採取し、人工骨と共用し壊死軟骨部位に刺入固定している。
またACLの修復術や再建術でも骨孔作成のガイド機器を独自に作製し、再建靭帯を簡便に固定できるよう工夫した。これらの機器により、腱採取の1本化、再建靭帯の固定力強化、術式の簡略化、治療費の削減などが可能になると考えている。
F 開業医の自戒
われわれ開業医の世界においても、勤務医と同様にデジタル化された機器に翻弄され、貴重なる時間と自らの医療理念を失いつつ、「医は算術なり」と邁進する利己主義の現実があることは否めない。しかし自己の欲望を抑制し、他人を幸せにすることが自分の幸せに繋がる利他主義の哲学こそ、今の医療には大切だと思う。また医療とは決して新しい「何か」を始めることではなく、時には心を無に正しい事ならば時代に流されることなく自分の信念を貫き通し「人を治すという医の原点」に帰することではないかとも。緒方洪庵の抄訳扶氏医戒12ヶ条「医は算術ではなく、仁術であり、学術である」を基本理念としたのが「善紀医戒5か条」である。
第1条 挨拶は礼儀なり
第2条 清潔なくして医療なし
第3条 医は学術なり
第4条 医はコミュニケーションなり
第5条 医療のプロフェショナルになれ
私自身昭和49年に卒業してから2度の結婚(25歳と41歳)、2度の開業(30歳で病院経営、43歳で無床クリニック開業)と波乱万丈の人生62年であった。人生には不如意や苦労がつきもので「艱難汝を玉にす」という言葉もあるが、人は苦しみにあって初めて自分自身を省み、そこから真の向上心や感謝の心が生まれ人にも優しくなれるのだと教えられた。
今後も、常に自分を戒め理想の医療に向かって邁進していきますので、皆様のご支援宜しくお願い申し上げます。
記 2010年10月28日