膝の靭帯損傷(捻挫)(香川スポーツ1998年8月27日掲載)

 

 狭い診察室の中で、医者と患者がもっとも緊張する時間がある。初めて顔を合わせる時と、診察結果を話す、あるいは聞く最後の時である。それまで痛みがあるにもかかわらず、口の悪い僕の冗談に合わせていてくれていた患者も、僕も、張りつめた空気の中で神経が集中する瞬間である。

 

 青春の真っただ中で、もしくは職業人として、スポーツに情熱を注いでいる選手に対して“もう、あきらめなさい”と言わねばならない時がある。とても悲しい瞬間だ。僕がドクターとしての限界を感じる時である。傷を完治させるためにスポーツを休めと言うのは簡単だが、それを可能な限りスポーツができるようサポートするのがスポーツドクターの使命なのに・・・。

 こうした事態を引き起こすけがの一つに、膝の靭帯損傷(捻挫)がある。

 

 膝は大腿骨(ももの骨)と脛骨(すねの骨)をつなぐ関節。膝には、内側側副靭帯、外側側副靭帯、前十字靭帯、後十字靭帯の4つの靭帯があり、これらによって大腿骨と脛骨が結ばれている。(図参照)。前の2つの靭帯は、この上下の骨が左右にズレるのを防ぎ、後の2つの靭帯は、前後にズレるのを防いでいる。

 

 膝の靭帯損傷の中で一番多いのが、内側側副靭帯損傷だ。例えば柔道で大外刈りを受けた時、膝の外側から強い力が加わることで、内側の靭帯が切れる。幸い痛みは軽く、靭帯線維にわずかの断裂と出血を認める程度では、湿布やサポーター着用により約3ヶ月で治癒する。しかし、この靭帯が断裂し、歩行時には膝がガックとしたり、力が入らず膝が抜けるような状態になると重症で、たいてい前十字靭帯も損傷している。

 

 この前十字靭帯損傷は、完全に断裂すると切れた靭帯線維が関節内で浮遊するため、自然治癒は難しいという特徴がある。激しくぶつかり合うスポーツでよく発生する。

 

 例えばラグビーで後方からタックルを受けた時、スキーで転倒し、板を固定したまま膝をねじった時、ハンドボールやバスケットボールでジャンプして着地した瞬間に膝をねじり、ブチンと音がした時は、前十字靭帯が切れている。けがの数時間後には膝に大量の血がたまり、パンパンにはれてくる。MRI検査や関節鏡による、早期の正確な診断と治療方針の決定が大切。切れたままで放置すると、関節の軟骨や半月板にも損傷を及ぼし、スポーツや日常生活に支障をきたすようになる。

 

 前十字靭帯が切れただけの人で、そのうち60%はスポーツ活動のレベルを下げたり、ライフスタイルを変えることで、手術なしにそのまま生活できるとも言われている。しかし、瞬発的な方向転換、ジャンプの着地や急停止を要するスポーツ選手には、靭帯の縫合手術や再建手術が必要で、回復までに1年間を要する。

 

 さらに重症の膝靭帯損傷に、不幸な三主徴(アンハピートライアッド)と呼ばれるものがある。前十字靭帯損傷、半月板の断裂、内側側副靭帯損傷の3つが同時に発生する。こうなると、できるだけ早く元の状態に修復する手術が必要。

そのほかには、前十字靭帯損傷と外側側副靭帯損傷がある。前者は野球などで地面に膝を打撲した時に起こる。完全な回復は難しいが、サポーターを付けることでスポーツが可能。後者は非常にまれだが、体操競技などのジャンプから着地の動作でバランスを崩して断裂することがある。