『 医 戒 』    善紀クリニック   山地善紀

 

2010816

 

dr

 

はじめに

昭和49年に医学部を卒業して早や36年。整形外科医そしてスポーツドクターとして真剣に患者と向き合い病気の治療に専念してきた。今回「医療の変革」というお題をいただき執筆にとりかかるや、真の医療とは?日本人としてどうあるべきか?など不思議なことに自分自身の原点回帰へと心が向かっていった。私の過去・現在・未来のアルバムを紐解きながら、とりとめのない話を綴ってみた。

 

@ 四国88箇所巡り

 20歳のとき狭心症を患って大学病院に3週間入院。先輩医師の忠告にもかかわらずラグビー部に復帰すると同時に、寝袋ひとつで50ccのモンキーバイクにまたがり、一人四国一周88箇所巡りを敢行した。当時の自分自身と先人たちの苦行の道を追想しながら、昨今の心の傷を癒すため 2009年4月より再び妻と同行二人、暇を見つけて四国参拝中である。

 

A さぬきラグビー倶楽部とラグビーゆめ基金

2001年『さぬきラグビー倶楽部』を設立し多くの子供たちとラグビーを楽しでいる。20102月に全国大会のヒーローズカップで、5年生7名,6年生6名のチビッ子ラガーは、なんと6年生主体の近畿の強豪チームを撃破し決勝大会に進出、見事8位入賞を果たした。ラグビージャージに身を包み、一人ひとりが満身創痍、勝利のため勇猛果敢に前進する。その子供たちの姿は実にすばらしい。言葉にならない深い感動を与えてくれる。ラグビーで言う「One for all, all for one」の精神が子供たちの体にも染み付いているのである。

また、2020年日本で開催されるワールドカップで活躍するラガーを育成するため、この3月『さぬきラグビーゆめ基金』を創設した。地域コミュニテイーの中で未来を担う子供たちの心と体を豊かに育むべく、同じ「ゆめ」を目指す保護者や指導者の仲間とともに実践できることを幸せに思う。 

 

B 半医半農生活

マネーゲームに明け暮れる金融資本主義を脱して、地産地消の生活に幸せがあるかもしれないと営農に転ずる団塊世代同様、私も現在800坪の農地で果樹を作っている。結実するまでに費やす多大なる労力と時間の必要性を肌で感じつつ、自称半医半農?の生活をしている。日本人は古代より自然に対する敬愛の念、自然との共生の思想がある。藤本敏夫の提唱する里山往還型半農生活、すなわち自然をなるべく壊さず環境に負担をかけない循環型農業の文化的生活を創造することも必要ではないかと思うこの頃である。

 

C 年金

200811月、ついに私も基礎年金がいただける年齢となった。ところが先般の記録改ざん問題を受け、先日日本年金機構から過去の支払い賃金データが送られてきた。開封した妻が「昭和55年から57年勤務はどこ?」と聞く。「31歳で開業した当初の2年間」との私の返答に、妻は青ざめ呆然となった。そこに記された数字、なんと従業員の半分の給料にも満たない月給98000円の記述に私自身も愕然とした。日中は外来患者の診療に追われ、夜間は急患の治療と64床の病棟回診、さらに膝関節の生態力学の研究に没頭した10年間が、走馬灯のごとく脳裏を駆け巡った。改めて40歳での人生の決断は英断であったと確信した。

人生には不如意や苦労がつきものである。「艱難(かんなん)(なんじ)(たま)にす」という言葉もある。人は苦しみにあって初めて自分自身を省み、そこから真の向上心や感謝の心が生まれ人にも優しくなれると思う。

 

D 最近の手術  ー術式と機器の開発―

10代の若者に多く見られる離断性骨軟骨炎に対して骨移植術を積極的に実施している。地元の鉄工所に依頼して作製した採取用プレートで脛骨から2.53.0mm径の棒状移植骨を4,5個採取し、壊死軟骨部位に刺入固定している。

またACLの一次修復術と再建術でもホールインワンガイドやボタンを簡単に固定できる機器も独自に作製し、大腿骨外顆に約3cmの皮膚切開でボタンが簡便に固定できるよう工夫した。これらの機器により、腱採取の1本化、修復靭帯や再建靭帯の固定力強化、術式の簡略化、治療費の削減などが可能になる。

なお2年前から関節外科医を積極的に育成するため、独立行政法人善通寺病院にて毎週水曜日に膝関節手術を施行している。

 

E   最近の社会

厚生労働省が推奨する診療報酬定額制(DPC)は、「何もしないほうが儲かる」仕組みである。患者さんの病状が悪化しても必要な医療が行われず、ベッドに休ませるだけで定額の医療費が支払われる異常なシステムである。このシステムで、満床にしてなるべく安い薬を使用し、高額な手術を多く手がける病院が、最も信頼される病院にランクインされるのが昨今の日本の医療である。何と貧しく悲しい現実であろうか。

経済も政治も一般家庭においても今の日本はおかしい!と憂うのは私一人ではないはずである。

グローバルになった資本主義経済は、世界金融の不安定化、格差社会の拡大、自然破壊など多くの負の財産を生み、平等と安心を誇りにしてきた日本人にとっては死活問題である。

昨年、政権交代した民主党政治もマニフェストを遵守することなく、主体性のない借金と税金のばら撒きの政策に奔走している。

また家族の絆や職場での交流などから疎外された人間は不安定になり、事件が続発している。その中で、多くの人々が孤立し精神的な心の病に陥っている現状を考えると、地域及び世代間のコミュニテイーの再構築が急がれる。

人間は皆自分が幸せになりたいという欲望を持っている。これが増大すると次第に利己主義がはびこる社会へと向かう。本当は自己の欲望を抑制し、他人を幸せにすることが自分の幸せに繋がるのではあるまいか。この「利他主義の哲学」こそが、今、日本社会の再生に必要不可欠である。

 

F 医は仁術、学術なり

効率性と利便性を追求する今の社会にあって、多くの研修医は遭遇したことのない困難な状況を打破する「知の力」に欠けていると思う。われわれ開業医においても、国民皆保険制度が崩壊しつつある中、デジタル化された機器に翻弄され、貴重なる時間と自らの医療理念を失いつつあることも否めない。

今求められている医療の変革とは決して新しい「何か」を始めることではない。時には心を無にし、正しい事ならば時代に流されることなく自分の信念を貫き通し、「病んでいる者を見て、これを救おうと願う情意」の医療に帰することではないか。

平成3年クリニックの開業当初、過去の荷物を整理中古い紙筒が出てきた。卒業証書と緒方洪庵の「抄訳扶氏医戒12ヶ条」である。「医は算術ではなく、仁術であり、学術である」と述べている緒方洪庵の訓戒を参考に、開業以来当院に掲示しているのが『善紀クリニック医戒5か条』である。

@       挨拶は礼儀なり!

A       清潔なくして医療なし!

B       医は学術なり!

C       医はコミュニケーションなり!

D       医療のプロフェショナルになれ!

今後とも、勤勉で礼儀正しく自律精神の旺盛な善紀クリニックの医療人は、感謝の念を持って理想の医療に邁進していきます。

 

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