『 医 戒 』 善紀クリニック 山地善紀  2010814

 

はじめに

昭和49年に医学部を卒業してはや36年。整形外科医そしてスポーツドクターとして真剣に患者と向き合い病気の治療に専念してきた。今回「医療の変革」というお題をいただき執筆にとりかかるや、真の医療とは?医療人としてどうあるべきか?など不思議なことに自分自身の原点回帰へと心が向かっていった。私の過去・現在・未来のアルバムを紐解きながら、とりとめのない話を綴ってみた。

 

@ 四国88箇所巡り

 20歳のとき狭心症を患って大学病院に3週間入院。先輩医師の忠告にもかかわらずラグビー部に復帰すると同時に、寝袋ひとつで50ccのモンキーバイクにまたがり、一人四国一周88箇所巡りを敢行した。昨今の心の傷を癒すため 20094月より当時の自分自身と過去の先人たちの苦行の道を追想しながら、再び妻と同行二人、暇を見つけて四国参拝中である。

 

A さぬきラグビー倶楽部とラグビーゆめ基金

2001年『さぬきラグビー倶楽部』を設立し多くの子供たちとラグビーを楽しでいる。20102月に全国的大会のヒーローズカップで、5年生7名,6年生6名のちびっこラガーは、なんと6年生主体の近畿の強豪チームを撃破し決勝大会に進出、見事8位入賞を果たした。ラグビージャージに身を包み、一人ひとりが満身創痍、勝利のため勇猛果敢に前進する。その子供たちの姿は実にすばらしい。言葉にならない深い感動を与えてくれる。ラグビーで言う「One for all, all for one」の精神が子供たちの体に染み付いているのである。

また、2020年日本で開催されるワールドカップで活躍するラガーを育成するため、この3月『さぬきラグビーゆめ基金』を創設した。未来を担う子供たちの心と体を豊かに育むべく、同じ「ゆめ」を目指す保護者や指導者の仲間とともに実践できることを幸せに思う。 

 

B 半医半農

マネーゲームに明け暮れる金融資本主義を脱して、地産地消の生活に幸せがあるかもしれないと営農に転ずる団塊世代同様、私も現在4000坪の農地に様々な果樹を育てている。結実するまでに費やす多大なる労力と時間の必要性を肌で感じつつ、自称半医半農?の生活をしている。元全学連藤本敏夫の提唱する里山往還型半農生活、すなわち自然をなるべく壊さず環境に負担をかけない循環型農業の文化的生活を創造することも必要ではないかと思うこの頃である。

 

C 年金

200811月還暦を迎えると同時に、年間約60万円の基礎年金がいただける身分になった。ところが先般の記録改ざん問題を受け、この8月、日本年金機構から私にも過去の支払い賃金データが送られてきた。開封した妻が、「昭和55年から57年勤務はどこ?」と聞く。「31歳で開業した当初の2年間」との私の返答に、妻は青ざめ呆然となった。そこに記された数字、なんと従業員の半分の給料にも満たない月給98000円の記述に私自身も愕然とした。日々患者の診療に追われ、夜は急患の治療と64床の病棟回診、さらに膝関節の生態力学の研究に没頭した10年間が、走馬灯のごとく脳裏を駆け巡った。改めて40歳での人生の決断は英断であったと確信した。

人生には不如意や苦労がつきものである。「艱難汝を玉にす」という言葉もある。人は苦しみにあって初めて自分自身を省み、そこから真の向上心や感謝の心が生まれ人にも優しくなれると思う。

 

D 最近の医療  ー術式と機器の開発―

10代の若者に多く見られる離断性骨軟骨炎に対して骨移植術を積極的に実施している。地元の鉄工所で作製した採取用プレート(図1)を利用して脛骨から2.53.0mm径の棒状移植骨を4,5個採取し、壊死軟骨部位に刺入固定している。

またACLの修復術と再建術でもホールインワンガイドやボタンを簡単に固定できる機器(図2)を独自に作製し、大腿骨外顆に約3cmの皮膚切開でボタンが簡便に固定できるよう工夫した。私が考案した機器により、腱採取の1本化、再建用靭帯の固定力強化、術式の簡略化、治療費の削減などが可能になる。

なお2年前から関節外科医育成のため、独立行政法人善通寺病院にて毎週水曜日に膝関節手術を施行している。

 

E    最後に

厚生労働省が推奨する診療報酬定額制(DPC)は、「何もしないほうが儲かる」仕組みである。通常行われるべき医療が行われず、患者さんの病状が悪化してもベッドで休むだけで定額の医療費が支払われる異常なシステムである。このシステムの中、満床にしてなるべく安い薬を使用し、高額な手術を多く手がける病院が、最も信頼される病院にランクインされるのが昨今の日本の医療である。何と貧しい悲しい現実であろうか。

医療のみならず経済も政治も一般家庭においても今の日本はおかしい!と憂うのは私一人ではないはずである。

グローバル資本主義の経済は、世界金融の不安定化、格差社会の拡大、環境破壊など多くの負の財産を生み、政権交代した民主党政治もマニフェストを遵守することなく、借金と税金のばら撒きに奔走している。また職場での交流や家族の絆などから疎外された人間は不安定になり、多くの者が孤立し精神的な心の病に陥っている。一方、人間誰もが自分が幸せになりたいと願っている。それが利己主義へと向かう原因なのだが、本当は自己の欲望を抑制し他人を幸せにすることが自分の幸せに繋がるのではあるまいか。この利他主義の哲学こそ、今の日本社会には必要だと私は提言する。

医療の世界でも多くの研修医は、効率性と利便性を追求する今の社会にあって、遭遇したことのない困難な状況を打破する「知の力」に欠けていると思う。われわれ開業医の世界においてもしかり、デジタル化された機器に翻弄され、貴重なる時間と自らの医療理念を失いつつあることも否めない。

今求められている医療の変革とは決して新しい「何か」を始めることではない。時には心を無にし正しい事ならば時代に流されることなく自分の信念を貫き通し「人を治すという医の原点」に帰することではないか。江戸時代の緒方洪庵は「医は算術ではなく、仁術であり、学術である」と抄訳扶氏医戒12ヶ条の中で述べている。それを参考にして開業以来当院に掲示しているのが、以下の『善紀クリニック医戒5か条』である。

@         挨拶は礼儀なり!

A         清潔なくして医療なし!

B         医は学術なり!

C         医はコミュニケーションなり!

D         医療のプロフェショナルになれ!

今後とも、勤勉で礼儀正しく自律精神の旺盛な善紀クリニックの医療人は、理想の医療に向かって邁進していきます。

 

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